あ行
青丹よし寧楽の京師は咲く花の薫ふがごとく今盛りなり
作者:小野老(万葉集)
意味:奈良の都は美しい花が咲きはえているように、いま繁栄していることよ。
あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る
作者:額田王(万葉集)
意味:紫草の生えた御料池の野をあちこちしながら、あなたは袖を振っているが、野守が見はしないだろうか。
秋きぬと目にはさやかに見えねども風のおとにぞおどろかれぬる
作者:藤原敏行(古今集)
意味:秋が来た、と目にははっきりと見えないけれど、吹く風の音は秋の訪れにはっと気付かされたことだ。
新しき年のはじめの初春の今日降る雪のいや重け吉事
作者:大伴家持(万葉集)
意味:新しい年の初めの初春の今日、降る雪のように、いよいよ重なれ、めでたいことが。
天離る夷の長路ゆ恋ひ来れば明石の門より大和島見ゆ
作者:柿本人麻呂(万葉集)
意味:いなかの長い旅路の間、大和を恋いつつ帰ってくると、明石の海峡から大和の連山が見えているよ。
天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ少女の姿しばしとどめむ
作者:良岑宗貞(遍昭)(古今集)
意味: 空吹く風よ、雲の通路を、雲を吹き寄せて閉じてしまえ。この舞が終わっても少女たちの姿をしばらくの間地上にとどめておこうと思う。
相念はぬ人を思ふは大寺の餓鬼の後に額づく如し
作者:笠女郎(万葉集)
意味:思ってくれない人を思うのは、大寺の餓鬼像の後ろで拝むように、なんのかいもないことだ。
淡海の海夕波千鳥汝が鳴けば情もしのにいにしへ思ほゆ
作者:柿本人麻呂(万葉集)
意味:近江の湖の夕方に立つ波の上に飛ぶ千鳥よ、おまえが鳴くと、心もうちしおれて昔のことがしのばれることだ。
家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る
作者:有間皇子(万葉集)
意味:家にいれば食器に盛る飯を、心に任せぬ旅なので、椎の葉に持って食べることだ。
行く水に数かくよりもはかなきは思はぬ人を思ふなりけり
作者:読み人知らず(古今集)
意味:流れる水に数取りの線をひくよりも頼りにならないのは、思ってもくれない人を思うことである。
いづくにか船泊すらむ安礼の崎漕ぎ廻み行きし棚なし小舟
作者:高市黒人(万葉集)
意味:今頃どこに泊まっているだろう。安礼の崎を漕ぎめぐっていた棚無し小舟は。
稲つけばかかる我が手を今夜もか殿の若子が取りて嘆かむ
作者:東歌(万葉集)
意味:稲をつくのであかぎれした私の手を、今夜もまた御殿の若様が取って、かわいそうだと嘆いてくださることだろうか。
石ばしる垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも
作者:志貴皇子(万葉集)
意味:岩の面を激しく流れおちる滝のほとりのわらびが、もう芽を出す春になったことだなぁ。
石見のや高角山の木の間よりわが振る袖を妹見つらむか
作者:柿本人麻呂(万葉集)
意味:石見の高角山の木の間から、私が振る袖を妻は見ただろうか。
うたたねに恋しき人を見てしより夢てふ物は頼みそめてき
作者:小野小町(古今集)
意味:うとうとと寝ている間に恋しく思う人を夢に見てからは、あてにならないはかない夢というものを頼りにし始めているようになってしまった。
うらうらに照れる春日に雲雀あがり情悲しも独りしおもへば
作者:大伴家持(万葉集)
意味:うららかに照る春の日に雲雀があがり、ひとり物を思っていると心が痛むことよ。
瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば ましてしぬはゆ
何処より 来りしものぞ まなかひに もとなかかりて 安眠し寝さぬ
作者:山上憶良(万葉集)
意味:うりをたべると子どものことが思い出される。栗を食べるといっそう子どものことが思い出される。子どもは、どこから来たものなのか。目の前に面影がしきりにちらついて、安眠させないことだ。
憶良らは今は罷らむ子哭くらむその彼の母も吾を待つらむぞ
作者:山上憶良(万葉集)
意味:この憶良めはもう退出しましょう。子が泣いているだろうし、子の母親も私の帰るのを待っているでしょうよ。
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